サプライチェーン経営の進展
=SCMのシテンからのビジネス再構築を=


月刊「マテリアル・フロー」2002年4月号
「物流IT・IDハンドブック」2002年版

SCMリサーチ・ドット・コム主宰
(株)アイネス営業顧問[当時]
(株)Nixシステム研究所取締役
梅澤伊憲


流通研究社菊田編集長からの依頼で執筆した、日本におけるSCMの進展状況と課題に関する概況報告である。「SCM指向経営」の視点からの日本市場の展望をかなり肯定的に書いてみたが、マダマダ課題は多いし大きい。年度毎の客観的な評価・報告につなげられれば、と考えている。
尚、本稿は2002年4月に同社から刊行された「物流IT・IDハンドブック2002」に転載されている。

2002年3月
梅澤伊憲 記


はじめに

 「私(ゴールドラット博士)がもっとも心配しているのは、日本の産業界になお残されていた貴重なアドバンテージの源泉である、従業員を容易に解雇しないという文化、終身雇用の制度が、米国流レイオフの考え方に影響されて、今や崩壊の瀬戸際に立たされているように見えることです。組織の側から雇用を守るというロイヤルティを与えなければ、従業員から「忠誠」という見返りを得ることはできません。・・・(後略)」
 「もう一つ気になるのは、日本の製造業はこれまで戦略的な経営資本投下の対象として、生産分野に力を入れすぎ、重視しすぎてきたのではないかということです。・・・(中略)・・・日本企業が力を入れてきた生産分野では制約が解消されても、今やマーケティングがボトルネックになっているのではないでしょうか」(200111月、エリヤフ・ゴールドラット。MATERIAL FLOW誌インタビューより[No.502JAN:2002)掲載])
 終身雇用制が変化を嫌う企業風土や人事のマンネリ化の温床になっているだけでなく政官民の癒着構造にまで至るような日本全体の体質課題の素因の一つになってしまっていることや、経済活動の原点は「物づくり」「サービスの生成」にありそれを起点にサプライチェーンを捉えざるを得ないことの本質を考えると、にわかには博士の日本評には組し難い。しかし、流石に日本の課題のポイントを突いていることは否定できない。
 では、日本のSCMはどうなっているのか。どのように構造面を含めた「改革」を進めて行けばよいのか。この問いには日本が自ら答を出していかねばならないだろう。「グローバリゼーション」とは「西欧化」、「米国化」であってはならないし、博士の警句は正しくこのことを言っている。

サプライチェーン指向経営

「サプライチェーン経営」、これは昨年7月に惜しくも若くして急逝した故福島美明氏[鞄本ビジネスクリエイト社長(当時)]が、4、5年前に「SCM」が狭義のIT用語、特にパッケージシステムを指すものとして日本で流布し始めたことを嫌って使い出したものである。筆者(梅澤)は、通常は「SCM(Supply Chain Management)」を本来の意味で使い、システムを表す「SCP(Supply Chain Planning)」とを使い分けているが、全くこの意見に同感である。そこで、本稿のタイトルは「サプライチェーン指向経営」としてみた。世界の動きの中で、経営の視点から見て日本のSCMはどのように進展しつつあるか、このことを客観的に整理し評価してみたいと考えたからである。
 確かに日本市場は、一頃の米国のようなSCPシステム活用花盛り、という状況には至っていない。しかし、このことで「日本のSCMは進展していない」と見るのは全くの誤りである。日本も、単に米国を模倣するだけではなく日本流を加味したSCMを模索し続けているし、成果も上がりつつあるのである。更にこの不況を乗り切るべく、メーカー中心の製造プロセスの改善だけでない流通機構を取り巻く様々な企業をまたがる努力も始まっているし、大企業の企業内改善に止まらない中堅・中小企業の生き残りをもかけた「サプライチェーン指向経営」の動きが至るところに見られる。
 以下、国内外で進展しつつある様々な経営手法・理論研究やそれらの実践活動とSCMとのつながりを列挙し、今後の課題に触れてみたい。

様々な研究・実践活動のサプライチェーン指向

@    ロジスティクス技術・インフラの進展とSCM

「ロジスティクス」は本来サプライチェーンの根幹の機能を形成するものであるが、これに「企業間プロセス」、「顧客指向」というSCM目的がかぶさることにより利益創出の源泉としての位置付けが明確になってきた。POSやコード、マーキング、EDI、パレット等の標準化も進んできたし、CRP(Continuous Replenishment)やVMI(Vendor Managed Inventory)等の製品補充方式も進展しつつある。日本の国情や交通事情にマッチする多様な物流技術や、GPS(Global Positioning System)やRFID(Radio Frequency IDentification)等のITの応用などは我が国の得意とするところであろう。ロジステイクス技術・実践成果については本誌500号の歴史そのものと言ってよい。

A    OR、APSとSCM

 日本OR(Operations Research)学会を始めとする研究団体や企業活動の中で、データ分析・計画立案手法について様々な研究や実践応用がなされてきた。TOC(Theory Of Constraints)のような制約条件を扱う計画管理技術や概念は、ある面で日本のお家芸と言っても良い。筆者の見るところ、i2テクノロジーズを始めとするAPS(Advanced Planning and Scheduling)は計画立案手法そのものの成功というより、それを企業(サプライチェーン)運営の各段階に組み込んだ事に価値があるのである。日本は正しくその局面に差し掛かっている。

B TQM、IEとSCM

 TQM(Total Quality Management)の8原則は、今後とも組織運営指針およびプロセス改善推進方法論として強力なものであり続ける。そしてSCMの手法に適用されて相乗的な効力を発揮する。例えば、TQMが上流の供給サイドに適用されてサプライヤーの品質が向上すれば、下流の顧客の利益、そしてサプライチェーン全体を通して得られる収益を増大させるのである。IE(Industrial Engineering)やBPR(Business Process Reengineering)も、サプライチェーン指向で展開される事によって、より的が絞れた企業間をまたがる効果のあるものになろう。

CECR、CRM、CPFRとSCM

 ECR(Efficient Consumer Response)の世界的な拡大普及に伴い、わが国では「GCI(Global Commerce Initiative)版ECRスコアカード」に準拠した「標準ECRスコアカード」を研究、完成させた(流開センター)。更に、流通経済研究所等によってCPFR(Collaborative Planning, Forecasting and Replenishment)の日本への紹介がなされ、企業をまたがった需要予測や計画立案のプロセス化と実践が展開しようとしている。

D財務管理とSCM

SCMが資産の回転やキャッシュフローをビジネスプロセスの評価基準としてクローズアップして以来、経営者は自企業の財務成果と業務処理を結び付けて捉えるようになりつつある。従来の「業務処理、取引処理は総務部門やシステム部門の仕事で、経営成果とは直接の関係付けはできない」という見方は大きく変わりつつある。SCOR(Supply Chain Operation Reference model)モデルのようなプロセスの性能評価指標と、ROIや最終的にはEVAのような財務指標とを結びつける試みが多方面で始まっている。

EBSCとSCM

 AのTQMの要素別目標管理と、Cの財務的な視点とを統合するものがBSC(Balanced Scorecard)と言えよう。日本でも企業の財務的な業績と非財務的な業績とをバランスさせる強力なツールとして普及を始めたが、他方、ビジネスの部分部分は、BSCの諸原則を適用するだけでは、サプライチェーン・マネジメント(SCM)のような利益をもたらす事はできない。SCMにBSCを旨く適用しようとの試みも始まっている。

F企業情報システムとSCM

日本においては、この6〜7年のERP(Enterprise Resource Planning)ブームを経て、漸く「ERPシステムは万能薬ではない」事が一般認識化した。他方、業務機能間・企業間をまたがるSCMの実現のためには、参加企業夫々のシステムがあるレベル(標準化、統合化、適時化、グローバル化)を満足する必要があり、このための企業システム基盤の見直しステップと位置付ける見方が強くなっている。そのためには、企業の置かれている要件を客観的に分析して業務設計し、ソリューションとしてのパッケージシステムは夫々の業務に適したものを選んで組み合わせる、という「ビジネスプロセス アプローチ」に回帰する動きも出始めている。

Gインターネット、eビジネスとSCM

ITの片やの花形としてのインターネットの拡大・進展はすさまじい。特にビジネスユースにこれほどの活用がなされるとは10年前は誰も想像がつかなかったのではないだろうか。そしてビジネスプロセスを多様に見直すシーズともなり、多くの新しいビジネスモデルさえも生み出した。しかし、バーチャルビジネスとして脚光を浴びたものの多くは「ITバブル崩壊」の憂き目をみている。やはり、物やサービスのリアルビジネスをどのように計画し管理するか、SCMが根底に存在しなければ本物の事業にはならない。これからがB2BやB2xの本領発揮の局面である。

HSCC活動とSCM

 日本にSCC(Supply Chain Council)日本支部が設立されてから3年を経過した。これに先立つ1年半におよぶSCM研究プロジェクトでの研究活動とこの3年のSCCおよびSCORモデルの紹介活動を経て、幾つかの企業や団体によるSCORの実践適用、グローバルなベンチマーキングへの参画等が漸く本格化してきた。しかし、SCORモデルおよびSCORを適用したサプライチェーン変革方法論をより日本企業や市場に効果的なものにするためには、以上のような数多くのイニシャチブや実践の蓄積をサプライチェーン指向で統合する事と、個々のサプライチェーンの特性に合わせた特化とを併せ実現する必要があるだろう。

日本型サプライチェーン指向経営の課題

 このように見てくると、既存の、或いは過去のイニシャチブや企業の実践活動は多かれ少なかれSCMやサプライチェーン改善という側面を持っている。これは、企業活動の本質が自らの製品やサービスを生み出し市場に供給することにあるのだから、当然と言えば当然なのである。我々日本企業も、各企業の設立以来SCMを実践し続けてきたのである。  しかし客観的に振り返ってみると、「顧客指向」、「全体最適化」、「コラボレーション」果ては「システム改革」に至るまで、いかに焦点が定まらずに試行錯誤を重ねてきたことだろう。言葉を替えると、時々の流行に振り回され、一見体系的に見える方式に飛びついては満足できずに次を追う歴史ではなかったか。
 漸く日本の企業運営にも、政官財を巻き込んだ大きな構造改革の進展とともに「サプライチェーン指向」の原点に立ち返って自らを再構築する、その好機が到来している。この困難な状況を打開するには日本のサプライチェーンを変革していくしかない。そしてそれは、21世紀の日本経済の新たなスタートに結びつくと確信している。


(2002年3月 梅澤)