電子商取引を支える情報戦略
=サプライチェーンマネジメント=

「産業情報化シンポジウム特集」
=パネルディスカッション=

(モデレーター)
・通商産業省機械情報産業局情報政策企画室長 稲垣史則氏
(パネリスト)
・ERP研究推進フォーラム主幹研究員 梅澤伊憲氏
・松下電器産業 本社資材部企画グループシステム担当副参事 斎藤洪至氏
・マッキンゼー・アンドカンパニー・インク ジャパン プリンシパル 名和高司氏
・NEC国内販売推進本部担当部長 村岡憲一郎氏
・ 繊維産業構造改善事業協会理事 山田正仁氏

1998年9月
日経ホール


 1998年10月に東京で行われた産業情報化シンポジウム(主催:JIPDEC、後援:通商産業省、日本経済新聞社)におけるパネルディスカッション「電子商取引を支える情報戦略」=サプライチェーンマネジメント=の録音筆記原稿である。私たちがSCM研究プロジェクト活動を開始して丁度半年目に当たっており、日本におけるSCMの取り組みとEDIやCALSを中心に進められていた「電子商取引」の関係などを論じた貴重な意見と実例についての言及が多く、今日においても充分参考になると考えて掲載させていただいた。私[梅澤]からは、企業内の取り組みとしてのERPと、企業間の取り組みであるSCMの「視点の違い」に言及しており、以下の二つの提案をしている。

 (1)SCMを求心力として、様々な経営管理技術や方法論、情報技術活動が協働できる場を作ること
 (2)企業や国を超えて通用する共通語でサプライチェーンを記述し評価できるようにすること


 翌年初にはSCC(サプライチェーン協議会)の日本支部が立ち上がり、SCOR(Supply Chain Operation Reference model)の日本語版の刊行が始まり、SCM関連のプロジェクトに対する公的助成とその成果も多方面にわたった。
 しかし私の発言中にもあるように「ブーム的な盛り上がり」のきらいは否めなかった、と言わざるを得ない。多くの企業の革新の本質をついた動きになり、日本市場の構造的な課題を浮き彫りにして大きく転換を進めていくためには、まだまだやらねばならぬことは多い。

 本稿は発言者による校正後、12月の日本経済新聞本紙に掲載された。従って、本件の最終稿などについての問合せや私(梅澤)の発言以外の引用許諾等は、当該発言者または日本経済新聞社宛てにお願いします。

2001年9月
梅澤伊憲 記


【稲垣】
 現在、政府は電子商取引(EC)の普及、電子的政府の実現、情報リテラシーの向上、情報通信インフラの整備といった四つの目標を立て、日本全体の情報化を進めていこうと考えています。特にECの実現には様々な課題や制度の改定など、解決すべきことがたくさんあります。今日のテーマ「サプライチェーン・マネジメント(SCM)」はEC、特に企業間ECの普及のカギを握るものだと考えております。
 では初めに、企業間EC及びSCMの現状について、それぞれの立場から紹介してください。
【斎藤】
 日本電子機械工業会(EIAJ)がEDI(電子データ交換)の業界標準として提供している「EIAJ―EDI標準化1997版」があります。この統一企業コードに登録している企業は既に三千五百社に上っています。この数字から、電機業界は日常的にEDIが定着した段階にあると言えるのではないでしょうか。
 松下グループでは製造を行っている十一社の百事業部でEDIの導入が完了しております。その百事業部が購入先企業約七百五十社と接続、コネクション数は延べ三千四百に達しております。現在、この仕組みで注文データの約七割をEDI処理しています。
 EDIの導入によって、現場にもたらされたメリットは、調達のリードタイムの短縮です。従来三日かかっていた注文処理が、EDI化によって半日に短縮できました。注文データを文書化する必要がなくなり、ペーパーレスが実現し、注文業務の生産性も大きく向上しました。
 さらに今、「一貫EDIによる調達業務革新」に取り組んでいます。一貫EDIでは見積もりから契約、発注、納期回答、物流・納品、支払いまでの業務を対象に、リードタイムの半減、資材・経理業務の効率化と精度の向上や、外貨支払いといった新しい契約形態にも効果を発揮しています。
 いま企業に求められているのは、SCMに代表される業務プロセスの革新です。EDIだけで業務プロセスの革新を実現できるわけではありませんが、その重要な基盤技術の一つととらえて、基礎固めを行っている状況です。
【村岡】
 あらゆる分野で産業構造の変革が進む中、パソコン業界は水平分業が徹底し、変革のスピードが最も早い業界の一つです。この業界で勝ち残っていくためには、カスタマーセグメントごとの戦略作りと俊敏な実行が必要です。具体的には、顧客の要求に合わせて製品を提供するBTO(受注生産)がそうです。
 現在、NECでは顧客満足度の向上と事業機会の最大化の両立を目標にいろいろと取り組んでいます。
 約一年前に企業向けのデスクトップ型パソコン約三百種類をBTOに移行しました。当初二週間ほど要していたリードタイムを今年五月には半減させ、最新モデルではリードタイムはそのままで選択幅を一万九千種類に拡大、サポート面も充実させました。この結果、希望納期満足率は大幅に向上できたと思います。
 資材調達においても、ベンダーとの緊密なパートナーシップで迅速に対処できる体制を整えつつあります。いま、ベンダーからの販売・在庫情報を工場の生産体制と直結して、二週間サイクルで製品の需給を回転させるトータルサプライチェーンシステムを構築中です。そこでポイントとなるのは、カスタマーセグメント戦略に基づく事業運営、事業プロセスの再構築、シームレスな情報システムの構築です。
 当社は一年前から、パソコンだけでなく、あらゆる製品で変動対応力を強化するため、こうしたサプライチェーンの構築を進めております。すべてを自社内でまかなうのではなく、外部リソースも積極的に活用しながら、自社のコアコンピタンスを最大化するサプライチェーンの確立が重要であると考えています。
【山田】
 いま繊維産業では情報化がかなりハイピッチで進んでいます。
 繊維産業の特徴は染色、糸加工、織布、裁断、縫製とプロダクトラインが長いことです。例えば、ウールのスーツだと約一年のリードタイムが必要です。これが繊維産業の問題点であり、大きな改善効果が期待できる部分です。そこで生き残るには、SCMが欠かせないという認識が急速に高まっているところです。
 繊維業界では、SCMをクイックレスポンス(QR)といった言い方で呼んでいます。ECよりはビジネスプロセスの改革に重きを置いた概念です。
 繊維産業に「半値八掛五割引」という言葉があります。売れなければ半値にして転売、それでもだめならその八掛け、さらに五割引きと値下げして売ります。こうした投機的な商売方法では、コスト的に外国に負けて当然です。QRでこうした考え方を根本から見直そうとしているわけです。
 その一つが、情報技術を使った情報共有です。繊維産業でも、個々の企業は情報技術を駆使して情報を共有、合理化を進めています。これを取引先にまで広げ、情報共有で、販売機会の損失や値引き損失を防ぎ、全体のロスを少なくしようというものです。
 もう一つは販売予測です。通常、POSデータから市場の需要を予測します。この予測を、来年何が売れるかといった長期の予測ではなく、来週何が売れるかといった直近の需要を予測することがこれからは重要です。この実現に、バーコードのスキャニングとEDIを活用しています。
 現在、ティープと呼ぶ業界標準の業務システムの開発を、タオルをモデルに進めています。これはEDIに対応しているので、それをサポートするティープネットを構築、ネットと業務システムをつなぐ共通インターフェースも作りました。
【梅澤】
 ERP研究推進フォーラムでは、フォーラムメンバー外の企業や個人にも呼び掛けて、今年四月からSCMの研究プロジェクトを作りました。半年間メンバーの方々と研究を進め、米国との協働関係作り等も進めることができまして、以下のような事が解ってきました。
 ERP(エンタープライズ・リソース・プランニング)は、企業の持つ経営資源の情報を統合して企業の業務プロセス全体を最適化しようとするシステムのことです。一方サプライチェーンマネジメント(SCM)は、その企業の業務プロセスの中からバリューチェーン(市場に対して直接付加価値を提供する業務のつながり=サプライチェーン)を抜き出して、供給側の企業から顧客企業(最終顧客)に至るビジネスプロセス全体の最適化を目指してつなぎ直そうという、一連の経営革新や経営管理の概念です。つまりERPとSCMは対立する概念ではなく、企業システムを、企業中心の全体像としてみるか、企業間のビジネスプロセスの連鎖の観点からみるかの、視点の違いととらえることが正しい見方ではないでしょうか。
 もう一つ、ERPは歴史的にMRPという工場の資材調達を発展させたMRPUという製造業の経営資源管理のアルゴリズムが原点になっています。これは各業務の「所要データ」を基に全ての経営資源計画を調整しようとするものですから、非常に重い。ヒューマンリソース(人的資源管理)や、ナレッジマネジメント(業務知識管理)等の全体を速やかに最適化するには大分無理があります。また現実の企業運営では、環境変化に俊敏に対応したり、精度の低い予測値でも計画を確定しなければならない場面が沢山あります。そこで米国を中心にTOC(制約理論)等の新しい方法で計画立案したり最適化するようなシステム(SCP:サプライチェーンプラニング)が生まれてきたのです。ですから、SCMという経営管理の概念と、それを支援するシステム(の一部である)SCPとは明確に区分けして取り組む事が必要です(SCPを導入すれば直ちにSCMが実現できるわけではありません)。同じ理由で、私はエンタープライズ・リソース・マネジメント(ERM)という言葉を提案しています。企業の経営資源全体を統合し最適化する経営概念としてのERMと、それ(の一部)をシステムとして実現するパッケージ製品等を指すERPとを、明確に分けて捉えるべきだからです。
 SCMに関して二つの提案があります。一つは、ともすると個別のブーム的な動きになりがちなBPRなどの経営革新方法論やABC等々の経営管理技術と、ECやERP、OO(オブジェクト指向技術)といった様々な情報技術とが、企業革新活動という目的と目標を共有して協働できる場を作ることです。SCMは経営者層にも解り易い目標設定ができるので、この両者をつなぐ求心力にできるムーブメントだと考えています。
 二つ目は、我々日本企業も、国を超えてグローバルに通用するような共通語でサプライチェーン(ビジネスプロセス連鎖)を記述し評価できるようになろうという事です。これからの日本の企業や市場は、企業をまたがり、国をまたがり、異なるシステム間をまたがって運用できるビジネスプロセスを一般化させ、環境変化に迅速に対応できるものに変革して行かねばならないからです。われわれERP研究推進フォーラムがSCMの研究を始めたきっかけの一つは、この共通言語として米国を中心に急速に普及発展しつつあるSCOR(サプライチェーン運営リファレンスモデル)の存在を知ったからです。

【名和】
 SCMは、経営側の視点に立つと、「バリューチェーン」と定義した方が分かりやすいと思います。BPRはインダストリープロセスを改革するところから始めないと画期的なものは出てこないので、「インダストリー・プロセス・リエンジニアリング」と言い換えています。また情報技術を経営技術のレイヤーにどうやって高めるかが大きな課題だと考えています。
 これらを前提にして、今後新しい産業のプロセスをデザインし、それを推し進める「バリューチェーン・アーキテクスト」といった人が現れるのではないかとみています。
 そこでわれわれはバリューチェーンの付加価値構造について、自動車をはじめ、電機や物流など六つの業種を対象に分解してみました。その結果分かったことは、付加価値の面から全体を組み立て直してみると、産業自体が違って見えてくることです。そうした傾向は六業種すべてに共通していて、今後大きく三つのプロセスを経て変革が起きるとと考えています。
 まず最初は分解、拡張されるフェーズです。例えばオートバイ・テルに象徴されるような、これまでのバリューチェーンから一部を中抜きした業態がそうです。次がバリューパッケージングです。バラバラになった付加価値のコンポーネントを顧客ニーズに合わせて組み合わせて提供する業態です。最後が顧客の視点に立ってサービスする顧客エージョント。これらがバリューチェーンの新しいオーナーになる可能性があると考えています。
 例えば、こうした視点から自動車産業の収益構造を考えると、三年から五年後には年間約七千億円、五年以上になると二兆円の収益機会が新たに生まれる可能性があるとの結果が出ました。つまり、自動車産業はまだ二兆円以上も伸びる可能性があるのです。

【稲垣】
 次に、現場での悩み、業界内での影響、現場にとってのメリットといった三つの観点から、SCMに対する意見をお願いします。
【斎藤】
 日本企業は現場の改善意欲がとても高く、それが活力源になっていると思います。しかしそれは局所的であり、それをいかにして全体レベルまで持ち上げていくか、これが最大の悩みです。
 また全体最適を図るために、どこかにしわ寄せがいく仕組みでは決してうまくいきません。特にSCMは企業間連携が重要なので、ウィンウィンとなる構造が必要ではないでしょうか。
【村岡】
 当社ではサプライヤーと様々な情報を共有、いっしょにプロセスを動かしながらSCMに取り組んでいます。逆にいえば、これに参加しないサプラーヤーは淘汰(とうた)されていく、つまりプロセス全体の効率化によって、生存競争が起きているのだと思います。
 IT技術を駆使しながら業界全体を考えたプロセスの最適化が求められている中、こうしたトータルマネジメントを業界全体で展開できれば、日本経済の復活の大きな原動力となるに違いありません。
【山田】
 経営的な視点から見た場合、SCMの成功はどれだけ普及するかにかかっていると思います。例えば百貨店の場合、取引先は数千社に上ります。それらすべてに浸透させることはたいへんな作業です。
 もう一つ、オープン性というキーワードで見た場合、これまでのEDIではネットワークが限定されるなどの囲い込みがありました。その点はティープネットもそうですが、オープンに活用できるネットワーク環境が徐々に整いつつあります。
 一方、いま「QR地獄」ということが言われています。メーカーは短納期を押し付けられ、それがコストアップ要因となり、その分が販売価格に影響する。こうした悪循環になっては発注側も受注側も共倒れとなりかねません。互いのメリットを十分意識しながら、積極的にQRに取り組むことが最も大切だと思います。
【梅澤】
 一頃のSIS(戦略的情報システム)と、いまのSCMの動きを比較すると、大きな違いはオープン性と顧客満足を基本とする全体最適にあると思います。SISは企業間に影響力を巧く行使するための情報システムによる傘下企業の囲い込みの要素が強かった。米国はこれらの日本の経営方法論(生産方式、系列企業運営、QRやVMI等々)を良く研究し体系化してきました。これにSCP(サプライチェーンプランニング)のような統合管理手法を加えてSCMに発展させてきたのです。SCMを支える要素となる経営技術や方法論には「日本発」のものが沢山ある訳です。
 しかし昨今のSCMは、そうした日本的な部分のシステムの良さを継承しながらも、変化の激しい企業環境や、グローバルな競争指向、「フェアネス」や「オープン」という米国流の社会経済の土壌の中で体系化され発展してきたものであり、決して侮る事は出来ない、そんな印象を強く持っています。

【名和】
 SCMの導入で、企業側がつまずいている原因は、@問題意識が低いA意識はあるけれどもやり方がわからないB意識もあり、やり方もわかっているけどやれないといったパターンに分かれると思います。
 その解決策として、問題意識がない人には情報システムの話ではなく、具体的なビジネスにブレイクダウンして話しています。これをKPI(キー・パフォーマンス・インデックス)と呼んでいます。意識のある人にはどこまでやれば本当のベストプラクティスとなるかを示し、やり方がわからない人には成功した事例に則してチェンジマネジメントのプロセスを紹介、それぞれの立場に置き換えた具体策を提案しています。

【稲垣】
 今日はSCMによって、日本の企業あるいは業界をどうマネジメントしていくかについて議論を進めてきました。まさに経営意識や組織自体の改革なので、ゼロベースなら簡単だが、実際にはなかなか難しいということであったと思います。しかしSCMを企業間あるいは業界全体で進めることは、既に待ったなしの段階に入っていると本日の話を伺っていて強く感じました。本日はどうもありがとうございました。