「ザ・ゴール」を読む意味
=「ザ・ゴール」邦訳版出版に寄せて=
2001年8月 岡田英明
(株)NIXシステム研究所 コンサルティング・パートナ
最近の日本では、流行のキイワードを、センセーショナルに騒ぎ立てるジャーナリスト的コンサルタントが跋扈していて、困ったものです。
サプライチェーンのときも、ブルウィップ理論を、鬼の首を取ったように書いている人がいましたが、このような理論は、すでに1961年にフォレスターMIT教授によって示されているのです。過去を勉強しないから、こんなことが起こります。ザ・ゴールも似たところがありますね。間違った紹介をする人がいるのですよね。
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「ザ・ゴール」を読む意味
話題の本The Goal を手にしたのは1994年、ボストンの空港でした。搭乗までに少し時間があったので、空港の売店を覗いていたら、ワゴンの上にThe
Goalがあって、「継続的改革のためのプロセス」というサブタイトルに引かれて、買ったのでした。19ドル95セント。
その後、この本はアメリカではベストセラーとなり、今年の夏には、ようやく日本で「ザ・ゴール」として翻訳が出版されました。
この本を始めて読んだときに、「ああ、こんなことを日本では、かつてやったものだな」と、そのときは思っただけでした。何か目新しいものがこの本に書かれているとは思えなかったので、それで、この本は本棚の奥にしまったままになっていました。
1998年に、急にTOC(Theory of Constraints)というタイトルの本がアメリカで続けて出されて、日本でも鼻の利いたジャーナリスト兼コンサルタントが、早速TOCを言い出して、本を出し始めました。TOCを言い出したきっかけはTheGoalです。キイワードに飛びつく皆さんは、きっとTOCの本をすでにお読みでしょう。
そこで今回日本で翻訳が出されたのをきっかけに、改めてザ・ゴールを読み直すと、やっぱり「ああ、こんなことを日本では、かつてやったものだな」という過去を回想しました。
私は、1973年に医薬品製造工場の革新プロジェクトを命じられて、工場へ転勤になりました。
ちょうど第1次石油ショックの最中で、新任の工場長も、かなり意気込んで工場の革新を進めようとしていたので、私は工場の中の各部門から優秀な人材を選出して、プロジェクトチームを作りました。プロジェクトは、工場長直轄の仕事として実行されました。そこでやったことは、まさにThe
Goalに書かれていることと同じ、「慢性的な惰性からの脱出をはかる沢山の革新をする」ことだったのです。このプロジェクトを進めるに当たって、どのような方法でやるかを考えるために、日本の製造業で先進的に経営革新を進めている企業を研究しました。
1970年代から1980年初期にかけて、当時の日本の製造業は、石油ショックの波を受けて、経営革新を迫られていたのです。その製造業の革新のバックボーンとなったのは、OR(オペレーションズ・リサーチ)とIE(インダストリアル・エンジニアリング)でした。多くのエンジニアは、日科技連や日本能率協会で学習していました。経営革新の中でも生産部門の革新に使われた手法がIEの中の「ナドラー教授のワーク・デザイン」法だったのです。
「ナドラー教授のワーク・デザイン」法の出発は、まず問題解決を考える前に、われわれが問題を解決する目的を考えることです。目的展開を徹底して行ないます。The
Goalと同じです。違うのは、目的展開を追求したあとに、目的達成のために不要な機能を排除した理想のビジネスプロセスを考えることです。その後で、現実とこの理想との間に横たわるギャップを問題として、その解決の方法を検討することなのです。そこには当然、理想には近づけないボトルネック(制約条件)がまず浮かび上がります。これもThe
Goalと似ています。
こうして、当時の日本の「考える製造業」では、いままでは不可能だとあきらめていた問題に取り組んでいったのです。われわれの合言葉は、「不可能への挑戦」でした。
その後、製造業はいくつもの経営の危機に遭遇して、その都度業務革新を思い切って実行して、危機を乗り切ってきました。現在、強い経営力を持って世界で活動している日本の製造企業は皆、こうした過去を持った企業なのです。私は、The
Goalを読みながら、自分の過去を重ねていました。
The Goal は、企業革新のケーススタディが書かれた本です。これは製造企業の業務革新の苦闘の物語です。製造業にいる人には、1つ1つがうなずけるし、理解できるでしょう。しかし製造業にいない人には、分からないかもしれません。
もし企業の革新の方法を勉強したい人は、その後に書かれたTOCのどの本を読むよりも、The
Goalを読むべきでしょう。というのは、The Goalによって触発されて書かれた本は、著者それぞれの考え方が支配して、著者のめがねを通したTOCになっていて、The Goalが言いたかった本質がぼやけてしまっているからです。特に製造現場で、業務革新の経験を持たない著者のTOCは、概念的で、どこが重要なことなのか、分かってはおりません。
読者は、TOCを書いたコンサルタントや大学の先生のいろいろなTOCで、企業の革新の方法を考えるのではなく、The
Goalが提供してくれた経営の現場の生の革新のケーススタディから直接学ぶべきです。TOCとして整理するのなら、The
Goalから直接自分で学んだことを整理するべきです。そうしなければ、経営の現場でTOCの考え方を使った企業革新を、自分のものとして実行することはできないでしょう。
かつて企業革新に関わったことが無い人、かつての企業革新に関わった先輩を身近にもっていない人、そういう人たちにはThe
Goal は、格好の学習の教科書です。いい本が翻訳されたと思います。
本のカバーベルトには、ダイヤモンド社が、この本は日本人には読ませたくなかったので、今まで翻訳が許されなかった、とか、あたかも全く新しい経営の考え方が書かれているかのような、煽動的な言葉が並んでいます。しかし、それは日本の過去を知らない人の誤った言い方です。
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「ザ・ゴール」では見えてない部分
かつて日本の製造業が、生産システムの構築で革新に取り組むときに、大きな影響を与えてくれたジェラルド・ナドラーさんは、早稲田大学で教鞭をとっていたことがあります。その当時の日本の指導的役割を持っておられたのが、吉谷龍一元早稲田大学教授でした。もう、この両名のお名前を知っている人は、企業にはいないでしょう。両教授の名著は、もはや絶版になっていて、アメリカでも知る人は本当に少なくなってしまいました。
ナドラーさんや吉谷さんが最初に取り組んだのは、テーラーの流れを汲む「ワークデザイン」です。このワークデザインは、考え方のバックボーンになっているのは、IE(インダストリアル・エンジニアリング)というメソドロジーがあって、それが現在でも十分に使えるメソドロジーなのですが、時代の流れなのか、IEを使う人が世界的にいなくなってしまいました。
ザ・ゴールの所長アレックス・ロゴがかつて指導を受けた恩師ジョナから教わった考え方は、ナドラーが教える「ワークデザイン」の考え方と変わりがありません。KT法も非常に似ています。
ジョナのアドバイスで、ロゴは部下に相談して、工場の改革に取り組んでいきますが、このときに製造の各工程でなされたさまざまな改善や工夫については、さらりとしか書いてありません。ワークセンタや工程では、さまざまな改善や工夫が行われたはずです。
スループット、在庫や作業経費を改善あるいは革新するには、各ワークセンタと工程の連が、どれだけのアジリティを持っているのか、そのアジリティの枠は広げられるのか、の技術的な検討が不可欠です。工程を変革するというのは、机上では簡単に言えても、現実の現場では簡単なことではありません。
●工程の各設備が、製造加工の品質と歩留まりを落とさずに、ロットサイズを変えることがどこまで可能なのか(業種によっては、設備のロットサイズのフレキシビリティの範囲が小さいものがある)
●工程が汎用である場合に、組み換え段取り時間をどう改善できるか
●工程の連の中で、工程によってMTBFが違うものがあって、スループットを落とさずに、工程の連をどのように編成できるか
●工程が故障したときの対応の方法、代替工程の確保は可能か(ロットサイズ、歩留まり、品質が同一か)
●工程の連の中で、工程と工程との非同期な能力のバランス化で、工程がどこまで段取り時間を最小化可能か
●工程の連で、工程を密結合することが、スループットに対して最適ではないことがある
●工程に所属する作業員が、どこまでフィレキシブルか。作業員数の柔軟性、欠勤の補充への対応、作業員の作業能力の万能性の限界、作業員と生産性や歩留まり・品質との依存性など、どこまでアジャイルか
●工程のレイアウトが、スピード化に十分か、インバウンド・ロジスティックスは適切にできるか。仕掛の搬送、原材料の搬入、仕掛在庫の管理場所と管理法に問題はないか
業種によってはこの他にもまだたくさんあるでしょう。
こうした現場での問題の解決には、設計、製造技術、製造、品質、営業などの部門の参画が必要であるし、創意工夫が必要ですし、テスト製造も必要です。その結果、非ボトルネック工程のロットサイズが制約になることだってあります。
ゴールドラット氏が、「ザ・ゴール誕生の背景とその後」の中で書いていることには、こうしたザ・ゴールでは触れていない部分が関係していると、私は考えます。
原価計算をやったことのない人が、ABCやABMは理解できないでしょう。それなのにABCを論じているのは滑稽です。「ザ・ゴール」も多かれ少なかれ、これに似ています。
実際に製造現場にいて、製造の改革をしなければならないミッションを持っている人なら、「ザ・ゴール」を読んだだけでも、多くのヒントを得ることは可能です。ただし答えを得ることはできません。なぜなら製造の種類や現場が違うからです。製造現場を知らなかったり、製造現場をイメージできない人には、「ザ・ゴール」を読んでも、得ることは表面的なものでしかないでしょう。TOCの手順とかいうことだけでしょう。
話は別になりますが、新日鉄がロジスティックスのシステムを韓国の浦項から導入する、というニュースは、どのように受け止めたらいいのか、考え込んでしまいます。
石を投げればロジスティックス・コンサルタントに当たるぐらい、日本には大勢のコンサルが跋扈していながら、誰一人として新日鉄を満足できなかったということでしょうか。
中国や韓国の若者は、ITでは日本などには来ずに、アメリカへ留学します。そうして卒業後に、母国へ帰って仕事をします。ITでは、特にソフトウェアでは、日本を追い抜いて高いレベルになりつつあることは間違いないでしょう。
日本の多くのアプリケーション・ソフトウェア屋さんは、概念的な(アバウトな)知識は持っているのに、基礎理論とか現場の知識には乏しい、ということをいつも感じています。エンジニアではなくて、大工さんが多いのです。ψψψ
2001年8月 岡田英明
(株)NIXシステム研究所 コンサルティング・パートナ