ITは動く、経営は動く 2001年の展望
(社)企業研究会「Business Research」誌2001年3月号掲載より

2001年3月 岡田英明



 企業のIT革命はどのように進行するのだろうか。

 InformationWeekの調査によれば、アメリカでの今年のIT投資は活発である、と報告している。対売上比率で見ると、全産業平均で、1999年は6.8%、2000年には7.8%であったが、今年は8%になると予測している。その投資の多くは、e-ビジネスのために使われる。
e-ビジネスになぜこれほどまでに関心が高いのであろうか。
スタートアップ(e-ビジネスで事業を始めた新興企業)は別にして、既存企業は、ITによって急速に変わっていく「事業のやり方」を見逃してはならない。今は買う側が売る側よりも先行してITの効力を獲得していることが多いからである。競争市場の変化は、すなわち市場での「顧客の行動のし方の変化」であり、顧客(買い手)が市場での取引のやり方(ビジネスモデルと呼んでいる)を決めていく。既存企業は、こうした顧客の変化をすばやく捉えることの出来る事業のリーチ(相互関係、意思疎通、ロイアリティの形成などの力)を、どこまで顧客へ伸ばせるのか、そこを革新しなければならないだろう。従来のBPRは、企業の内部の革新が中心であった。しかし今は新しいBPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)への挑戦が必要なのである。スタートアップが既存事業へ参入してくる脅威もあるだろう。しかし、それを恐れてはならないが、顧客が望む新しいビジネスモデルへ革新できる事業風土が企業には必要になってきた。
e-ビジネスは、事業のリーチを顧客へ伸ばすのにもってこいの方法と場をもたらす。

 昨年あたりからアメリカでは、bウェブ(ビジネスウェブ)という呼び方で、e-ビジネス全体を議論するようになった。D.タプスコットらの定義によると、bウェブとは、インターネットをビジネス・コミュニケーションおよび取引の手段として、サプライヤ、バイヤ、販売者(マーチャンダイザ)、サービスプロバイダ、インフラストラクチャ・プロバイダ、顧客などで構成されるステークホルダーが作る1つの「ビジネスの場」であり「ビジネス・システム」である。
その一番いい例が、最近のSCM(サプライチェーン・マネジメント)であろう。
特定の物の取引をするバイヤ(購入企業)とセーラ(販売企業)とが集まって、取引市場をインタネーット上に作って、取引を繰り返す。ここに集められるバイヤとセーラは、従来の系列企業だけではない。お互いに信用供与しあえる、また取引製品の品質において信用のある企業が、広く参加している。これを「e-市場(マーケットプレース)」と呼んでいるが、バイヤの業種に合わせたe-市場が多数出現してきている。
e-市場を運営するのは、SCMに関して高度に専門化された能力やノウハウを持ち、SCMのアプリケーション・ソフトウェアを持っているSCM専門のオペレータと呼ぶ新しい企業である。昨年フォードとGMとメルセデスは、SCMのアプリケーション・ソフト開発会社と共同でコヴィシント社を作って、そこへオペレータを依嘱いる。バイヤとセーラとが共同して投資をして作ったオペレータ企業であることもある。

 1995年にアメリカで始まったe-市場の運営会社(オペレータ)は、最近では数多くあるが、運営会社同士の競争が激しくなってきている。e-市場の運営会社(オペレータ)は競争に生き残るために、「e-市場」に様々な付加価値を付けて「e-市場」の機能を高める差別化の一層の努力が強いられている。取引の決済は勿論のこと、取引する物の実績分析や予測、在庫管理のノウハウ、市場での取引とサプライヤの生産計画との連携など、今まではそれぞれの企業がやっていた、あるいはやらなければならなかった情報処理を、すべてオペレータが提供してくれる。JIT(ジャストイン・タイム)のSCMの実現も可能である。しかし一方では、市場が成立しないままに、e-市場を廃業する運営会社も多数でているのが現実である。原料用化学品は、30年以上前から世界市場での取引が通常で行われてきた。そこに眼をつけたオペレータが「e-市場」を仕掛けたが、取引の当事者の実態や意図を十分に知らずに始めたから、「e-市場」がこの業界にはメリットが無いことを知ることなったのは、スタート後のことである。
bウェブのねらいの1つは、顧客側の取引コストを徹底的に引き下げるところにある。
取引ロットの量を大きくすることで、原単位当たりの取引コストを下げてきた量産時代のコスト削減は、もはや通用しない時代になった。企業にとって、顧客あるいはサプライヤのロイアリティと引き換えには、取引ロットが持つコスト(在庫や輸送ファシリティ)は必要なコストだ、と考える時代は終わっている。取引コストは経営コストの1つであって、経営コスト削減の対象である。

 1995年に始まったSCMは、在庫問題を解決するという企業内部の問題にフォーカスするのではない。取引コストの革新であるのだ。顧客は、そこにメリットを求めている。
デルタ航空やノースウエスト航空は、航空券販売で、従来の代理店経由による販売コストをbウェブによって80%近く削減できるサービスを顧客に直接始めたと言っている。
顧客中心の超競争市場では、商品やサービスの価格は市場にいる顧客が決めるようになる。サプライヤである企業は、価格競争に生き残るために、価格を下げずに付加価値を高めていくか、価格の低下にも耐えられるだけの商品やサービスの原価やオペレーションコストを徹底的に削減する努力を続けるか、のいずれかである。前者の方法は、顧客のロイアリティが確実でなければ、難しい。後者の方法が、企業の意欲次第では実行可能である。
アメリカでは、、製造業や物理的な「物」を扱う優良企業の経営者たちは、SCMを自社で手作りするようなことは考えない。自企業の情報システム部門は、SCMを作れると言うが、結局は彼らはSCMの専門知識やノウハウを持っていないソフトウェア会社を使うことになり、いい結果がでないからである。それよりも、SCMの専門知識やノウハウを持っている優れたSCMオペレータの「e-市場」を手に入れることのほうが、賢明であると考えている。SCMオペレータが、オペレータ同士の超競争によって淘汰されれば、それだけ優れたSCMを手に入れられるだろう。製造業や物理的な「物」を扱う企業にとっては、SCMは事業に必要な機能の一部でしかない。もっと重要なことは、「顧客」あるいは「顧客の顧客」に対して、どう最適なサプライ企業であり続けるか、である。それには、「顧客の欲しい物が、欲しいときに、欲しい場所で、欲しい価格で」提供できなければならない。
最近のように、企業の分業が進むと、商品が顧客の手に渡るまでには、いくつもの企業を経ることになる。物理的な「物」を扱う企業では、商品に至るまでの「原料から商品」の流れの中で、「物」を扱うどの工程も省略の出来るところは1つも無い。情報の流れのように簡略化したり2つを1つにすることが出来ない。そうした中で、「顧客の欲しい物が、欲しいときに、欲しい場所で、欲しい価格で」提供できる流れを、企業の枠を越えて作ることが、経営革新である。その手段の1つをbウェブに見つけたのが、SCMの「e-市場」なのである。「e-市場」は、場合によっては過去からの系列や「長年の付き合い」慣行を基盤にしたSCMのノウハウを犠牲にしなければならない。しかし関係企業が、事業の目的は「顧客あるいは顧客の顧客に対してどう最適な企業でありえるか」であるという目的でお互いが1つになれるのなら、SCMの「e-市場」という手段で新しいビジネスプロセス(e-プロセス)を作るのは、当然の帰結であろう。

 これこそが、コペルニクス的な「顧客中心の経営」の発想の転換なのである。
産業経済は、今や経営の全く違ったこの2つの領域に明確に分化されてきている。物を扱う産業をリアル産業、物を扱わない産業をサイバー産業と呼ぶとすれば、その狭間で苦闘するサイバー企業がたくさんいる。アマゾン・ドットコムが、1200人の人員削減を発表した。これはe-ビジネスを立ち上げたけれど、リアル産業のノウハウを持たなかったために生じたベンチャーの苦渋の選択である。

<<<岡田英明>>>